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福岡高等裁判所 昭和30年(う)95号 判決 1955年4月25日

控訴人 被告人 山本哲雄

検察官 長富久

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人副島次郎の控訴趣意は記録に編綴されている同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

同控訴趣意第一点について

原判決挙示の証拠を綜合すれば本件自転車は荒尾市四ツ山下区四百三十八番地前田写真材料店店主前田岩男の所有物件であるところ昭和二十九年三月二十七日夜同店雇人田島信雄が慌てて同店の戸締をした為該自転車を屋内に取入れることを失念しこれを客観的に見ても同店方に属する物件の置場所と認められる同店北側角より一米五五の地点にある同店隣家共楽荘の公道上の看板柱のそばに立掛け置いたこと及び右田島が翌朝該自転車を取入れ様とした時には既にこれが存在しなかつたこと並びに被告人に於て翌早朝午前三時頃該自転車を持ち去りこれを自己の支配下に領得した事実を認定することができる。

凡そ人が其の所有物を屋内に取入れることを失念し夜間これを公道に置いたとしても所有者において其の所在を意識し且つ客観的に見て該物件が其の所有者を推知できる場所に存するときは其の物件は常に所有者の占有に属するものと認められるから、これを窃取した所為は窃盜罪を構成すると解するを相当とする。

従て本件自転車は未だ占有離脱物とは謂われないのであつて、依然其の占有は被害者に属するものと認定すべきである。さればこれを窃取した被告人の所為を窃盜罪に問擬した原判決は洵に相当であつて原判決には所論の様な違法の廉は存しない。論旨は採用しない。

同控訴趣意第二点について

本件記録並びに原裁判所の取調べた証拠に顕われた本件犯罪の動機、態様、其の他諸般の事情を綜合すれば原審の懲役三月の量刑は相当であつてこれを不当とする事由を発見できない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、同法第百八十一条第一項本文に則り当審の訴訟費用は被告人の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 柳田躬則 判事 青木亮忠 判事 鈴木進)

被告人の控訴趣意

第一点原判決は事実の誤認又は法令の適用を誤つている。即ち本件自転車は被害者の住家の近くにあつたとは云え公道上に置き忘れたまま家の戸締りを為して被害者一家は既に就寝し何等その自転車を看視して居なかつたものである。昼間家に家人が居てその目の届き得る個所の公道上に一時自転車を放置して居た状態とは全然異る状態であつた。被害者にその自転車の占有が存在するには少くとも右に述べる如き昼間同様の状態が継続してなければならないそう云う状態であつたとするならばそれは原判決の云うが如く被害者の占有が継続していると云つてよかろう。然るに既に深夜戸締りは完了して家人は皆就床し自転車は仮令家の前とは云え公道上に放置して忘れ去られて居た。之は明白に既に被害者の占有を離脱している。原判決はその点につき事実の誤認又は法令の適用を誤つている。本件は横領として処罰すべきもので窃盜罪は構成しないと信じます。仮りに被害者に占有があつたとしても被告人はその認識を欠き占有を離れたものとして之を取得している。

第二点原判決は量刑不当 本件被告は初犯なれば本件につき刑の執行猶予を与えるが至当である。何卒その点御勘案の上御寛大なる御判決を願い度い。

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